ティアーズ・フォー・フィアーズ TEARS FOR FEARS
恐れのために流す涙。繊細で、ガラスのような心の中に秘めた涙は、いつ流れ出すのだろう。
そんな、ギリギリのところにティアーズ・フォー・フィアーズがいた。
Mad World by Tears For Fears Original HQ 1983
ファーストアルバム「ザ・ハーティング」からシングルカットされた「マッド・ワールド(邦題:狂気の世界)」、「チェンジ」、「ペイル・シェルター」、そのいずれも、壊れそうなくらいに透き通ったヴォーカルの繰り広げる世界が、聴くものの心を魅了した。
その音は、傷つきやすい心に共鳴するような青い魅力を放っていた。
Tears for Fears - Pale Shelter
しかし、その方向性は大きく変貌した。
セカンドアルバム「ソングス・フロム・ビッグ・チェアー」から流れる曲は、メロディよりもむしろリズムを重視したようなヘビーで、下腹部に力強く訴える楽曲だったのだ。
日本でもCMソングとしてヒットした「シャウト」。
ファーストの繊細な世界を構築したカートの、透明感溢れるヴォーカルを引き継いでいるのに、繊細さのかけらもなく重厚な「エブリバディ・ウォンツ・トゥ・ルール・ザ・ワールド」。
Tears For Fears - Everybody Wants To Rule The World
そして、メロディのすべてを取り払ったかのように心臓を叩くようなビートだけが響く、「マザーズ・トーク」。
TEARS FOR FEARS Mothers Talk Version 1 (ORIGINAL) HQ
この曲たちを聴いたとき彼らはもう、恐れるものも、そのために流す涙もなくしたのだと思った。
ティアーズ・フォー・フィアーズは終わった……そう思った。
しかし、ここからが、彼らの世界へのスタートだった。
ティアーズ・フォー・フィアーズは、自らの心の痛みを取り払ったそのときに、涙を捨てたそのときに、世界へのチケットを手にしたのだ。
結局、置いていかれたのは、自らの青春時代の心の痛みを忘れることのできない、青く育ちそこねた発育不良の聴衆だけだったのだ。
CD/ティアーズ・フォー・フィアーズ/ザ・ハーティング +4 (解説歌詞対訳付) (完全限定盤)/UICY-77537
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CD/ティアーズ・フォー・フィアーズ/ベスト・オブ・ティアーズ・フォー・フィアーズ (完全限定盤)/UICY-76236
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エービーシー ABC
それにしてもこのグループ名、それまでにどうして同名の先行グループがいなかったのかというくらいに簡潔で立派だ。
舌をかみそうなオーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークとか、クリップが放映された時、曲名とグループ名が入れ替わっていたフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、本国で思いっきり「キャヴァ・キャヴァ」と呼ばれてたサヴァ・サヴァなんかと比べて、キャッチーなことこのうえない。
だが……待てよ。
ABC……日本語に直すとしたら「あいうえお」? 「いろは」? なんかあんまりカッコよくないな…………。
というわけでABC。
この名前を聞くだけでは、あんまりシリアスな印象ではない。
はてさて、その実態はどうだったのか。
ズバリ…………イロモノ。
「ルック・オブ・ラヴ」のクリップを見ても、デビュー当時の全身金ラメスーツを見ても、どうにもこうにも企画モノっぽい匂いがプンプン漂ってくる。
マーティン・フライの巨大な顔面は一生懸命、シリアスなベクトルに表情を歪ませて、毒の矢を僕に放てよと歌いかけるが、そのシリアスさは微妙に空回りしていた。
このグループのイロモノ的なイメージを決定付けたのは、皮肉にもシリアス一辺倒で押し通した、「マントラップ」という、ライヴシーン満載のフィルムだろう。
素晴らしいライヴシーンを満載しながら、ベタなサスペンスドラマ仕立てにしてしまったため、演技力不足のメンバーが真面目に演れば演るほど、笑いがこみ上げたものだ。
中でも、暴漢に襲われたマーティンを心配してかわるがわる声をかける、他のメンバーのイタイことったらありゃしない。
楽曲は素晴らしいし、ステージも魅力的。なのに、曲の途中で、ヘンな薬入りの水を飲んだマーティンが意識を失うシーンがあったりと、実にベタなドラマがイロモノっぽい。
普通にドキュメンタリータッチで全編通せば、少なくともトーキング・ヘッズの腰ぐらいには手が届いたかもしれないのに。
結局、印象に残ったのは「金ラメスーツ」「大根芝居」そして、「マーティンのおっきな顔」くらいのものだった。
「ポイズン・アロウ」の別アレンジ、「テーマ・フロム・マン・トラップ」なんて名曲だったのに。
"theme from mantrap" (poison arrow) abc
しかし、「イロモノABC」は明らかにウケていた。
まあ、イメージ的な部分は別としたら楽曲はしっかりとしたものだったし、クリップも面白かったし、この人気は妥当なものだっただろう。
ところが、マーティン・フライはやってしまう。
セカンドアルバム「ビューティ・スタッブ」で、そのイロモノカラーを塗り替えようとしたのだ。
眉間にしわを寄せて歌っていた彼には、まだ二枚目看板へのこだわりがあったのだろう。
イロモノチックなバンドが演る、ちょっとチープなカッコイイ音楽、そんな彼らのウリであった部分を「時事問題」に持っていってしまった。
当然、ファンは戸惑う。
彼らは、自らの演る曲のタイトルさながら、「S.O.S.」を発信するはめになり、発信むなしく、クリップの中の船と同じく沈没の道をたどることとなった。
しかし、マーティンは再浮上した。サードアルバム「ハウ・トゥ・ビー・ア・ジリオネイア」を引っさげて。
ここで彼が展開したのは、デビュー時に評価されたイロモノの部分を極めたダンスチューンだったのだ。
アルバムのタイトルもタイトルなら、シングルもシングル。
「ビー・ニア・ミー」で様子をうかがった後、送り出したのは「ハウ・トゥ・ビー・ア・ミリオネイア」なんてことになっていた。
しかもご丁寧に、メンバーには楽器が演奏できるのかどうかすらアヤシイ、謎の小男と、タイムボカンシリーズの悪役ヒロインみたいなお姉ちゃんまで引き連れて。
そう、マーティンの選んだ道は、望まれない二枚目を貫き通すことでもなく、ちょっとだけおちゃらけることでもなく、コミックバンドではないイロモノという、新しいジャンルへの邁進だったのだ。
それにしても、あのメンバーとあの歌詞で、コミックバンドではなく、ダンスポップグループとして復活した、マーティン・フライの作戦には驚嘆せざるを得ない。
イロモノはどこまでも極めれば、それはホンモノとして受け入れられるくらいに立派なシロモノだと、彼は知っていたのに違いない。
ルック・オブ・ラヴ [ ABC ]
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ビッグ・カントリー BIG COUNTRY
「世界にロックバンドは4つしかない。U2とシンプルマインズ、エコー・アンド・ザ・バニーメン、そして俺たちさ」
スチュアート・アダムソンの言葉通り、ビッグ・カントリーは骨のあるロックを聴かせてくれた。
Big Country - In A Big Country
デビューアルバムのトップに収録された「インナ・ビッグ・カントリー」のイントロは、シングルバージョンの骨格の部分をさらにパワーアップしたアレンジで、イントロから激しいドラムとスチュアートの「シャッ!」という掛け声が炸裂し、プレーヤーに針を落とすたびにゾクゾクとさせられたものだった。
しかし、彼らの全世界に発信したはずのチャートアプローチのリアクションは、デビュー曲の「インナ・ビッグ・カントリー」を頂点に、本国のみに留まってしまう。
どの曲を聴いても、アメリカでウケる要素は満載に聴こえるのだが、何がいけなかったのだろう。
そこには、デビュー時の完成度の高さが影響していたのかもしれない。
当時も感じていたことだが、彼らのロックは、「インナ・ビッグ・カントリー」で完成されていた。
アルバムごとに変貌を遂げ、80年代後半になってついにメジャーチャートに向けて、完成度の高い楽曲をリリースしたU2と違い、ビッグ・カントリーは、デビューから間もない時点で、自分たちのスタイルもポリシーも技術も全てにおいて完成度が高すぎたのだ。
結果、彼らの曲はどれも「インナ・ビッグ・カントリー」の焼き直しのような印象を与えてしまった。
デビュー間もない時期において、他のバンドの誰にも真似できない個性である、バグパイプ風のギターに、スチュアートの叫び声という、インパクトの強い武器を持っていた彼らだったが、逆にその個性が首を締めてしまったのだ。
彼らの完成されたスタイルには、もはや肉付けを施す余地はなく、「インナ・ビッグ・カントリー」のパーツを目立たないように省略していくしか進むべき道がなかったのである。
それ以降、「チャンス」「イースト・オブ・エデン」と、新しいジャンルを切り拓こうと苦心はしてみたものの、思うようなリアクションは得られず、結局「ホエア・ザ・ローズ・イズ・ソーン(邦題:バラの墓標)」、「ルック・アウェイ」のようなデビュー曲の縮小再生産しか、道は残されていなかった。
それらの曲は彼らを支持する、世界には届かない閉鎖された世界では、熱狂的に受け入れられたのである。
Big Country - 'Chance' (Rare unreleased mix) from Hold Tight, 1983
たしかにシンセ全盛の当時、ロックバンドは世界に4つしかなかったかもしれない。
しかし、その中で世界を手中に入れたのは、変革を遂げたU2であり、シンプル・マインズであったし、どこまでも内向的に自我を追及したエコー・アンド・ザ・バニーメンは成長の過程でカルトな人気を得た。
しかし、ビッグ・カントリーは元々持っていた完成度の高さゆえ、変革や成長という過程を歩めないままに終わってしまったのだ。
あの頃のビデオテープを再生すると、MTVでは2通りの「インナ・ビッグ・カントリー」を見ることができる。
ドラマ仕立てのクリップともうひとつ、ライブのビデオである。
Big Country - In A Big Country - Princes Trust Live - 1986. HD
そして、そのライブビデオの中で繰り広げられる演奏とパフォーマンスの完成度は、あまりにも高い。
しかし、そのビデオを見ると、彼らが世界に受け入れられることがなかったもうひとつの理由も見えてくる。
アメリカンチャートを席巻したオシャレ系イギリスバンドたちとはあまりにもかけ離れた、「偉大な祖国」のトレードマークであるタータンチェックのシャツ。
祖国への思いにこだわった彼らは、ビジュアル面でも「ど田舎」出身の泥臭さを捨てられず、変革を遂げることは出来なかった。
今となっては、もう二度と生で聴くことの出来ない、バグパイプ風のギターのメロディ。
しかし、その音は脳の中ではなく、耳の奥に記憶として残り、いつでも心の中で再生できる。
そのメロディは、祖国にあるはずのスチュアート自身の墓標に、バラとともに供えるために書かれたメロディだったのかもしれない。
インナ・ビッグ・カントリー <30周年記念デラックス・エディション> [ ビッグ・カントリー ]
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【輸入盤】BIG COUNTRY ビッグ・カントリー/CROSSING (REMASTER)(CD)
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ニュー・オーダー NEW ORDER
あの頃のニュー・オーダーのヴィジュアル面を語ると、二人の男に行きつく。
少年のようなバーナード・サムナー(バーニー)と、ワイルドなルックスのピーター・フック(フッキー)だ。
New Order- Blue Monday (PFD Tokyo 1985)
イアン・カーティスの衝撃的な死によりジョイ・ディヴィジョンの幕は下り、そしてニュー・オーダーの幕は開いた。
Joy Division - Love Will Tear Us Apart [OFFICIAL MUSIC VIDEO]
圧倒的な存在感を示したボーカリストを失くして、失速したバンドは数多い。
カジャ・グー・グーしかり、
Kajagoogoo - Turn Your Back on Me HQ ( 720p )
J・ガイルズ・バンドしかり、
J Geils Band Centerfold Ultimix) Vid
The J. Geils band - concealed weapons
ヘアカット100しかり。
Haircut 100 - Favourite Shirts (Boy Meets Girl)
いずれもテクニック面ではなんの見劣りもしていないし、曲についても佳作を残しているのにみんな消えた。
しかしニュー・オーダーは残ったのだ。
その理由はどこにあるのか。
ジョイ・ディヴィジョンの影を引きずったスタートであったことはブルー・マンデーが重く示している。
彼らのいう「憂鬱な月曜日」は、まさに彼らがイアンの自死を知った日であり、曲がそのことをうたっているのはいうまでもない。
しかしそこで彼らはひとつ大きな賭けに出た。
ジョイ・ディヴィジョン時代と違い、憂鬱な歌詞を載せたのは、その当時の最先端を行くダンスミュージックだったのだ。
そしてあれから30年近い月日が経った今もそれは古くない。
クラフトワークがいつしか笑いとなり、ディーヴォがテクノとすら認められなくなったこの時代においても、ブルー・マンデーはクールなテクノミュージックなのだ。
Devo | Satisfaction | Official Video
そこには死という重い事実が彼らを突き動かしたからこそ生まれた重さと真摯さがあるのではないか。
分かりやすい未来をヒットのために作り出したクラフトワークと、ノリと勢いで面白く攻めたディーヴォとの違いはそこにある。
ニュー・オーダーは成り立ちからして真面目だったのだ。
儲けたかったわけではなかったのだ。
そう思いたい。
New Order - Confusion [OFFICIAL MUSIC VIDEO]
その後、わざわざニューヨークにみずから乗り込んでまで、アーサー・ベイカーにすべてをゆだねた「コンフュージョン」をみずからかたくなに封印しているのが何よりの証拠ではないか。
トータル〜ベスト・オブ・ジョイ・ディヴィジョン&ニュー・オーダー [ ジョイ・ディヴィジョン/ニュー・オーダー ]
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【輸入盤】 NEW ORDER / BEST OF [ ニュー・オーダー ]
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【中古】【DVD】24アワー・パーティ・ピープル/洋画
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I Can Dream About You/DAN HARTMAN~忍法吹き替えの術~
彼の歌声を聞き、このクリップを見て、ダン・ハートマンは小林克也みたいな感じの黒人だ! と思った人は数多いだろう。
I Can Dream About You [Official Music Video] The Sorels (Dan Hartman)
誰がなんと言おうと、このクリップは傑作だ。
実際のダンは白人のボーカリストなのだが、映画の挿入曲としてヒットしたこの曲のクリップは、映画のシーンが使われた。
しかも、映画の中で、黒人四人のボーカルグループがこの曲を歌うシーンが、そっくりそのままクリップになったのである。
吹き替えのソウルテイスト溢れるダンの歌声に合わせて、歌うフリをしつつアクションする、この四人の動きのあまりの素晴らしさに、特にリードボーカルの男性の素晴らしさに、見とれてしまう。
Dan Hartman - I Can Dream About You
そして、その結果、次のシングル「ウィー・アー・ザ・ヤング」で、本人自らのステージをクリップにしたダンを見て、「あれっ!?白人?」という衝撃を受けたることになったのだ。
Dan Hartman - We Are The Young
ここまで完璧な吹き替えはめったにあるものではない。
口の動きがピッタリとか、そんな次元の問題ではない。
すべてがぴったりなのだ。
本人よりカッコイイ吹き替えというのは、本人にとってはいかがなものなのだろうか。
ベスト・オブ・ダン・ハートマン [ ダン・ハートマン ]
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「ストリート・オブ・ファイヤー」オリジナル・サウンドトラック [ (オムニバス) ]
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The Love Cats/CURE, THE~捨て猫の集まる死臭のない町
まさか、キュアーがこんなアプローチをしようとは、「ポルノグラフィ」を聴いていたファンは夢にも思わなかったことだろう。
しかも、ロバート・スミスがこんなに明るいオトコだったなんて。
それまでの、陰鬱なイメージではなく、楽曲自体に町や都会を感じさせる匂いの溢れたこの曲は、キュアー転換期の貴重な一曲であり、重要なクリップだ。
ただ、その町の匂いも、いきなりシャカタクのような方向に行ったりはしない。
クリップにうじゃうじゃ登場する猫のごとく、捨て猫が集まる町の匂いだ。
なんともいえない切ない倦怠感や、アングラな匂いはどこかに残っている。
なくなったのは、初期キュアーが持っていた死臭だ。
ロバート・スミスの絶対といっていいくらい、カメラを見ようとしない宙を舞う視線は一体何を見ていたのだろう。
CD/ザ・キュアー/グレイテスト・ヒッツ
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Where's Romeo/CAVA CAVA~よい子のみんな~、げんきかなぁ~?
声は偉大な武器になる。
シーナ・イーストンのコケティッシュな高音を聴け、アニー・レノックスのソウルフルな声を聞け。
しかし、その武器は両刃の剣である。
サヴァ・サヴァと聞いて思い出せない人も、もしかしたら、ヴォーカルのスティーヴンの声を聞いたら思い出すかもしれない。
というのも、彼の声は声変わりを忘れた少年の声、そのままだったのだ。
それも、思春期の少年の声というより、幼児の声に近いくらい、ばぶぅな声だった。
結局、サヴァ・サヴァのすべてはその声で決定付けられた。
売り出し方はアイドル、クリップもプリティ。
音楽的には、アルバム中の「バーニング・ボーイ」あたりを聴くと、当時のダンスシーンにはかなり入り込めそうな、陰影の要素ももっているのだが、いかんせん、あの声。
そして、その幼児性を強調すかのごとくアレンジされた「ロメオ」というシングルの選曲。
クリップはまるで幼児番組のようなつくりで、一体、誰を対象に売る気なのかがさっぱり疑問のサヴァ・サヴァであった。
本人たちは「うたのおにいさん」になりたかったのだろうか。